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大阪高等裁判所 昭和31年(ネ)194号 判決

控訴人 株式会社下村商店(第二二八号) 国(第一九四号)

訴訟代理人 星智孝 外二名

被控訴人 日本通運株式会社(第二二八号) 株式会社下村商店(第一九四号)

主文

昭和三一年(ネ)第二二八号事件控訴人株式会社下村商店の控訴を棄却する。

原判決中昭和三一年(ネ)第一九四号事件控訴人国に関する部分を取り消す。

昭和三一年(ネ)第一九四号事件被控訴人株式会社下村商店の同事件控訴人国に対する請求を棄却する。

昭和三一年(ネ)第一九四号事件被控訴人株式会社下村商店は、同事件控訴人国に対し、金一、八一一、二六三円及びこれに対する昭和三一年二月二四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

昭和三一年(ネ)第二二八号事件控訴人株式会社下村商店と同事件被控訴人日本通運株式会社との間に生じた控訴費用は、同控訴人の負担とし、同年(ネ)第一九四号事件控訴人国と同事件被控訴人株式会社下村商店との間に生じた訴訟費用は、第一、二審とも同被控訴人の負担とする。

事実

昭和三一年(ネ)第二二八号事件控訴人、同年(ネ)第一九四号事件被控訴人株式会社下村商店(以下第一審原告という)訴訟代理人は、同年(ネ)第二二八号事件につき、「原判決中同事件被控訴人日本通運株式会社(以下第一審被告日通という)に関する部分を取り消す。

第一審被告日通は、第一審原告に対し、金一、六〇二、三〇〇円及びこれに対する昭和二八年七月二一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告日通の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、昭和三一年(ネ)第一九四号事件につき、「同事件控訴人国(以下第一審被告国という)の控訴及び金員返還の申立を棄却する。控訴費用は、第一審被告国の負担とする。」との判決を求め、第一審被告日通は、同年(ネ)第二二八号事件につき、「主文第一項同旨及び控訴費用は第一審原告の負担とする。」との判決を求め、第一審被告国は、同年(ネ)第一九四号事件につき、「主文第二ないし第四項同旨及び訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、第一審被告国において、

仮に、訴外人見若太の行為が不法行為となるとしても、(一)、昭和二七年六月上旬頃第一審原告は、鳥取刑務所が、亜鉛引鉄板三、〇〇〇枚の注文をしているかどうかを確めさせる目的で、その社員宍甘哲道を同刑務所に派遣したが、宍甘哲道が、同刑務所に赴き人見若太に面会した際同刑務所の発注数量を確めれば、少くとも当時人見に詐欺の犯意がなかつたことは、後記(一)のように人見若太が第一審原告との直接取引ないし訴外高坂登の委任状による代金受領の件を拒否していることに徴し明かであるから、必ず高坂登の言が虚偽であることが判明し、第一審原告は、本件詐欺の被害にかかることがなかつたのであつて、この注文の枚数の確認を怠つたことにつき、第一審原告に重大な過失がある。(一)、右宍甘哲道は、鳥取刑務所で、人見若太から亜鉛引鉄板につき、第一審原告との直接取引は勿論、高坂登の委任状による代金受領の件をも明かに拒絶されている。しかるに、その後何等同刑務所との間に新たな契約がなされた事実がないのに、漫然高坂登の言のみを信じ、同刑務所から直接代金の支払を受けられるものとの予測のもとに現品を発送した点に、第一審原告に重大な過失がある。第一審原告に以上のような過失があるから、損害賠償の額を定めるにつき、これを斟酌すべきである。

第一審原告は、昭和三一年二月二三日仮執行宣言附原判決正本に基く執行として、大阪地方裁判所執行吏岡本照雄に委任し、大阪市北区梅田町大阪中央郵便局において、第一審被告国所有の現金一、八一一、二六三円を差し押え、即日右執行吏から右金員の引渡を受けた。そこで第一審被告国は、民訴法第一九八条第二項により第一審原告に対し、当審で本案判決が変更される場合において、右仮執行の宣言附判決に基く執行により第一審被告国が給付した金一、八一一、二六三円の返還及びこれに対する給付の日の翌日である昭和三一年二月二四日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、第一審原告において、

第一審原告に過失があつたとの第一審被告国の主張はこれを争う。第一審原告が、事前に鳥取刑務所から鉄板の注文があるかどうかを確めるため人を鳥取にやつたこと、代金の支払につき直接支払を受けられるかどうかを電話で確めたこと、鉄板の荷受人を鳥取刑務所として発送していること、代金の支払請求書を同刑務所宛に郵送していることは、通常人のなすべき注意をしたというべきであるから、第一審原告には過失はない。第一審原告が右刑務所発注の数量を確めなかつたとしても、当時は鳥取大火の直後で、災害復興に多大の資材を必要としたことは何人も考え得ることであり、鳥取刑務所を舞台に詐欺が行われることは考えることもできなかつたのであるから、第一審原告が数量につき疑問を持たなかつたとしても非常識とはいえない。仮に、第一審原告が数量を認めなかつたことが不注意であつたとしても、鉄板の荷受人を鳥取刑務所としてある以上、同刑務所はこれを受け取る理由がなければ、荷送人に返送すべきであり、又返送されると考えるのが通常人の常識であつて、加害者の人見若太に故意がある場合には仮に数量を確めたとしても、第一審原告は詐欺にかかつていたであろうから、本件詐欺の被害は第一審原告に過失があつたことによるものといえない。次に、仮に第一審原告に過失があつたとしても、加害者である人見若太に故意がある本件の場合(同人は神戸地方裁判所においても大阪高等裁判所においても本件詐欺につき有罪の判決を受けた。)には、この過失を斟酌する必要はない。すなわち、民法第七二二条第二項の規定は、債務不履行の場合の過失相殺と異り、被害者の過失を斟酌するかどうかを裁判所の自由裁量に一任しているのであつて、加害者に故意があり、被害者の注意如何にかかわらず被害が発生したような場合には仮に被害者に過失があつたとしても、これを斟酌すべきではない。本件において、第一審原告に商品の発送につき過失があつたとしても、第一審被告国がこれを第一審原告に返送すれば、本件損害は発生しなかつたものであり、本件商品を高坂登に渡したことについては、第一審原告の過失が関係を持たないことであるから、過失相殺は適用さるべきではない。第一審原告が、昭和三一年二月二三日原判決の仮執行の宣言に基き第一審被告国からその主張のとおり現金一、八一一、二六三円の給付を受けたことはこれを認める。

と述べ、第一審原告及び第一審被告日通において、

第一審原告と第一審被告日通間の契約は、運送契約でなく、運送取扱契約であると述べたほか、原判決の事実記載と同一であるからこれを引用する。

当事者双方の証拠の提出援用認否〈省略〉

理由

まず、第一審被告国に対する第一審原告の請求につき考える。

第一審原告は、訴外高坂登と鳥取刑務所の元作業課長訴外人見若太とは共同して第一審原告から亜鉛引鉄板四、九〇〇枚を騙取したと主張するので、この点につき判断する。昭和二七年六月上旬頃第一審原告の店員宍甘哲道が、高坂登とともに鳥取刑務所を訪れ、同刑務所の当時の作業課長人見若太に対し、第一審原告と同刑務所と直接亜鉛引鉄板の取引をしたい旨申入れたところ、人見若太は、同刑務所と高坂登との間に既に売買契約ができているから第一審原告と直接取引することはできない旨述べ、右申入を拒絶したこと、その後第一審原告からその主張の日に同刑務所宛に亜鉛引鉄板二、五〇〇枚ずつ二回に五、〇〇〇枚を送付し、右出荷案内書と代金請求書とを同封して送付して来たことは、いずれも第一審原告と第一審被告国との間に争がない。第一審原告と第一審被告国との間に成立に争のない甲第三号証の一、二第五号証の三ないし六、丙第一号証、第二号証の一、二、第三号証、第四ないし第六号証の各一、二、第七、第八号証、原審証人福田萬蔵の証言により真正に成立したものと認める丁第一号証、原審証人山崎明の証言により真正に成立したものと認める丁第二号証、原審証人堀田豊の証言により真正に成立したものと認める丁第三号証の一、二原審における相被告人見若太本人尋問の結果により真正に成立したものと認める丁第四号証の一、二原審証人平野増夫の証言により真正に成立したものと認める丁第五号証、原審証人宍甘哲道(後記信用しない部分を除く)、山崎明、福田萬蔵、堀田豊、原審及び当審証人山本実(後記信用しない部分を除く)、平野増夫、当審証人橋本義二、人見若太、高坂登の各証言原審における相被告高坂登、同人見若太各本人尋問の結果、当審における第一審原告代表者本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く)

を総合すると、

(一)  高坂登は、かねて鳥取刑務所の出入商人として同刑務所と取引をしていたものであるが、昭和二七年五月上旬頃訴外樋口某の紹介で第一審原告を知るようになり、その頃第一審原告に対し、鳥取刑務所から亜鉛引鉄板二五、〇〇〇枚の注文を受けているので、これを売り渡してもらいたい旨申し入れたが、第一審原告から同月中旬頃同刑務所に電話で右注文の有無を問い合せたところ、注文の事実がないとのことで、右売買の話はそのままとなつたこと。

(二)  高坂登は、同月下旬頃鳥取刑務所に赴き、当時同刑務所の作業課長であつた人見若太から亜鉛引鉄板一〇〇枚の注文を受け、同月二三日頃第一審原告方でその販売係山本実に対し、右刑務所の注文は僅か一〇〇枚であるに拘らず、これを秘し、同刑務所から五、〇〇〇枚の注文があつたように言つてその販売方を申し入れた。そこで、第一審原告は、右注文の事実を確め、できれば同刑務所と直接取引の希望の申入と代金を第一審原告指定の銀行に直接送金してもらえるか否かの申入を兼ねて、同年六月上旬頃社員宍甘哲道を鳥取刑務所に赴かせた。宍甘哲道は、高坂登とともに同刑務所作業課を訪れ、作業課長であつた人見若太に会つて、亜鉛引鉄板の注文の件につき話し合い、右取引を第一審原告との直接取引にしてもらいたいこと、代金を直接第一審原告の取引銀行に送金してもらいたい旨申し入れ予め作成して持参した亜鉛引鉄板五、〇〇〇枚の見積書と高坂登名義の代金受領の委任状とを交付しようとしたが、人見若太は、高坂登に既に注文しているから直接取引はできないし、直接送金に要する右委任状も受け取るわけにはいかないといつて右申出を拒絶した。そして、同席していた高坂登は、人見若太に右見積書を見られると不正が発覚する虞があるので、同人がこれを手に取つて見ないのを幸に、そのまま右見積書と委任状を自分のポケツトに入れて持ち帰つた。右会談の際単価は金三二七円であることは確められたが、注文の数量については双方から何等申出がなく、人見若太は右見積書を見なかつたので、数量が五、〇〇〇枚であることを知らなかつた。同年六月上旬頃同刑務所に亜鉛引鉄板五、〇〇〇枚の代金を直接第一審原告の取引銀行に振り込むべき旨の高坂登名義の依頼書が到達した事実はなかつたこと。

(三)  宍甘哲道は、右会談の結果直接取引の可能性はないが、鳥取刑務所から高坂登に亜鉛引鉄板の注文があつてその単価は金三二七円であることを確め得たので、その旨前記山本実に報告した。そこで、第一審原告は、重役会で協議の上、結局の納入先は鳥取刑務所であるから代金の支払も確実であり、同刑務所からの注文の数量も高坂登のいうとおり五、〇〇〇枚であると信じ、同人に対し、亜鉛引鉄板五、〇〇〇枚を単価金三二七円(内金一〇円は高坂登の利益金)で売り渡し、これを直接鳥取刑務所に送付することを承諾したこと。

(四)  第一審原告は、昭和二七年六月一一日と同月一三日の二回に亜鉛引鉄板三一番六尺×三尺平板二、五〇〇枚ずつを第一審被告日通に依頼して鳥取刑務所作業課宛に送付するとともに、その頃同課宛に出荷案内書と代金請求書とを同封して郵送し、右亜鉛引鉄板は、同月一三日と一五日に鳥取駅に到着したこと、(第一審原告主張の日に鳥取刑務所宛に亜鉛引鉄板五、〇〇〇枚が送付され、その出荷案内書と代金請求書とが送付されて来たことは前示のとおり当事者間に争がない。)

(五)  同刑務所作業課長であつた人見若太は、同月一四日第一審被告日通鳥取支店から右亜鉛引鉄板一車分が到着しているから引き取られたい旨の電話連絡があり、高坂登に対する亜鉛引鉄板の注文は一〇〇枚であるのに、一車分の多量の送荷があつた理由が判然としなかつたが、高坂登が買い受けて作業課宛に送荷したものと思い、かつ、第一審被告日通鳥取支店から、鳥取大火後で復旧資材が輻輳して駅は混雑しており、盗難の虞もあるから至急引き取られたいとの強い要求があり、当時同刑務所の倉庫には引き取る余地がなかつたので、同刑務所作業課技官福田萬蔵に命じて、同刑務所と藁工品の加工委託取引のある訴外山陰興業株式会社に引取方を依頼させ、同会社の倉庫に引き取らせたこと。同月一五日第一審被告日通鳥取支店から亜鉛引鉄板が一車到着しているとの電話連絡があり、人見若太は第一回分でも多量であつたのに更に一車送荷されて来たと聞き驚いたが、同刑務所作業課宛に送られて来ているとのことであり、同支店から前同様引取方を求められたので、同作業課技官山崎明をして、二、三日中に引き取るから同支店に一時保管しておいてくれと電話で連絡させ、高坂登を同刑務所に呼びよせて、同人に対し、注文以外の品を何故多量に送荷したのかと叱りつけ、注文以外の品は至急荷主に返送するか代金を支払つて解決するように告げたところ、高坂登は謝り至急荷主に返品するか又は売却して代金を支払う旨誓約したので、人見若太はその言を信用したこと。高坂登は、同月一六日山陰興業株式会社に依頼して亜鉛引鉄板二、五〇〇枚を引き取つてもらい、同会社の倉庫に次いで訴外富士倉庫株式会社の倉庫にこれを保管させたこと。

(六)  高坂登は、本件亜鉛引鉄板五、〇〇〇枚の内一〇〇枚を売買契約の履行として鳥取刑務所に引き渡し、内四、〇〇〇枚を訴外者に対する債務の代物弁済として同人に取り上げられ、残九〇〇枚をその後神戸市内で売却したが、第一審原告に対し、右五、〇〇〇枚の代金を全然支払わなかつたこと。

(七)  人見若太は、亜鉛引鉄板一〇〇枚を高坂登に注文するに当り刑務所長不在の為その代理決裁者である管理部長の決裁を受け、更に前記のような事情で亜鉛引鉄板五、〇〇〇枚が送荷され、前記のようにして引き取り処置したことを事後に同刑務所長橋本義二に報告して、その了解を得たこと、人見若太は、本件亜鉛引鉄板五、〇〇〇枚に関しては、高坂登からは勿論何人からも何等の利益を得たことがないこと。人見若太は、第一審原告から同刑務所作業課長宛に封書で送られて来た前記出荷案内書及び代金請求書を受領したが、前示のように第一審原告から同刑務所と直接取引したい旨の申入があつたのを拒絶したものであつて、同刑務所は第一審原告と直接取引をしたことがなかつたので、右封書は作業課長宛となつているが、高坂登と第一審原告との取引に関する書類であると判断して、これを開封せず、作業課員に命じてそのまま封筒に入れて、高坂登宛に廻送させ、従つて、その内容を了知しなかつたこと。

(八)  人見若太は、高坂登が、注文外の亜鉛引鉄板を返品するか代金の支払により解決したものと信じていたところ、昭和二七年七月一五日頃訴外山根某を介し、第一審原告から鳥取刑務所に対し、本件亜鉛引鉄板五、〇〇〇枚の代金一、六三五、〇〇〇円の支払を請求して来たので、同刑務所長橋本義二に報告し、同所長の出張命令により、第一審原告方及ぶ高坂登方に赴き、右亜鉛引鉄板の取引の実情を調査し、初めて高坂登が、第一審原告を欺いて本件亜鉛引鉄板四、九〇〇枚を騙取したことを知つたこと。

を認めることができる。原審証人宍甘哲道、原審証人山本実の各証言当審における第一審原告代表者本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲の証拠と対比して信用しない。

右認定事実からすると、高坂登が、第一審原告を欺罔して亜鉛引鉄板四、九〇〇枚を騙取したことは明かであるが、人見若太は、高坂登が第一審原告を欺罔して右鉄板を騙取することの情を知らずに、同人の為に右鉄板を第一審被告日通鳥取支店から引き取つてやり、又は引き取ることを容易にしてやつたものであると認めるを相当とする。そして、人見若太が、高坂登において右鉄板を第一審原告から騙取することの情を知つてその犯行に協力したり、これを容易ならしめたことを確認するに足る証拠はない。もつとも、成立に争のない甲第四、第六号証によると、人見若太は、高坂登と共謀して、第一審原告を欺罔し、本件亜鉛引鉄板を騙取したとの理由で、昭和二九年一月二八日神戸地方裁判所において、ついで昭和三〇年一二月二七日大阪高等裁判所においてそれぞれ有罪の判決を受けたことを認めることができるが、右判決が確定したことを認めるに足る証拠がないばかりでなく、右甲第四、第六号証によると、右第二審判決は、人見若太の司法警察職員に対する供述調書により、同人に高坂登の犯行に加功する意思すなわち故意があると認定し、有罪の判決をしたものと推認することができるが、前掲丙第六号証の一、二甲第五号証の五、六当審証人人見若太の証言、原審における相被告人見若太本人尋問の結果によると、右人見若太の司法警察職員に対する各供述は、取調官に対する迎合的供述であつて同人の真意に出たものでなく、かつ真実に合致していないものであることが明かであるから、右供述は採用することができないものといわなければならない。されば、前記甲第四、第六号証は、必ずしも前記認定を覆えして第一審原告の前記主張を認める証拠とすることができない。又成立に争のない甲第五号証の一、二によると、人見若太は、前記判決認定の事実と同一事実により昭和二八年三月九日懲戒免職処分を受けたことを認めることができるが、前掲甲第五号証の一ないし六によると、人見若太は右処分に対し公平委員会に審査請求をなし、同委員会の審理を受けたが、その審理の経過からすると、右処分の原因となつた故意の認定の証拠となつたものは、前掲の人見若太の司法警察職員に対する供述調書であると推認することができるが、右供述調書の記載内容が真実に合致しないことは前記説明のとおりであるから、右甲第五号証の一、二は、前記認定をする妨げとなるものではない。

そうすると、人見若太が、第一審原告を欺罔して亜鉛引鉄板四、九〇〇枚を騙取したとの第一審原告の主張を採用することができないことは明かである。

次に、第一審原告は、人見若太は本件亜鉛引鉄板を領得する法律上の原因がないのであるから、これを第一審原告に返還すべき義務がある。人見若太は右義務があることを認識しながら、故意又は過失により、これを不法に他に処分せられ第一審原告に返還することができないようにした。これは第一審原告に対する不法行為であると主張するので考える。既に認定したような事情の下に、亜鉛引鉄板が第一審原告を荷送人として鳥取刑務所宛に送付せられて来たからといつて、同刑務所はこれを荷送人の第一審原告に返還すべき義務を負担するものとする法律上の根拠は存しないものといわなければならない。そればかりでなく、前記認定の(二)ないし(八)の事実から明かなように、人見若太は、第一審原告から鳥取刑務所作業課宛に送付して来た本件亜鉛引鉄板五、〇〇〇枚は、高坂登が第一審原告からこれを買い受けその引渡の為に右作業課に送つて来たのであり、高坂登がその言明したとおり第一審原告に返品するか又は売却して代金を支払うものと信じ、これを直接第一審原告に返送する手続をとることなく、高坂登のため引き取つてやり又は引き取ることを容易ならしめたものである。

そして、第一審原告の社員宍甘哲道と高坂登とが初めて人見若太と鳥取刑務所作業課で会見した際の交渉の経過、本件鉄板が人見若太の予期しない特にしかも予想外の多量に送付されて来たこと、右鉄板の到着当時は鳥取市内に大火災があつた間もない頃であり、到着駅である鳥取駅は復興資材その他の貨物で混雑しており、かつ盗難の虞もあるから至急引き取つてもらいたい旨第一審被告日通鳥取支店から要望があつたこと等既に認定した諸般の事情を考慮すると、人見若太が、前記のように信じ、本件亜鉛引鉄板を第一審原告に返還せず、高坂登のため引き取つてやり又は引き取ることを容易ならしめたことには、同人に故意がないことは勿論、過失の責むべきものもなかつたものと認めるを相当とする。もつとも前掲甲第五号証の五によると、人見若太が、公平委員会の第三回口頭審理の際右鉄板の引取を拒絶するか、又は直接第一審原告に連絡すれば、事件とならなかつたと思う。自分が信じていた為結果からみれば手落ちであつた旨供述し、あたかも過失があつたかの如き供述をしていることが認められるが、右甲五号証の五を通覧すれば、公平委員会における審理当時人見若太は右のように処置していたならば事件の発生を防止し得て万全であつた旨の意見を述べたに過ぎないことが明かであるから、右甲第五号証の五によつて、人見若太に過失があつたと認めることはできない。従つて第一審原告のこの点に関する主張も亦採用することができない。

以上の次第で、人見若太に第一審原告の主張するような不法行為に基く損害賠償義務があることを認めることができないから、同人に不法行為に基く損害賠償義務があることを前提とし、その使用者である第一審被告国に対し損害賠償を求める第一審原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であることが明かであるから、棄却さるべきである。

第一審被告日通に対する第一審原告の請求につき考えるに、成立に争のない甲第一、第二号証によると、第一審原告と第一審被告日通とが、昭和二七年六月上旬頃本件亜鉛引鉄板五、〇〇〇枚の運送取扱契約をし、第一審原告が、第一審被告日通天王寺支店に対し、同月一一日と一三日の二回に荷受人を鳥取刑務所作業課として右鉄板を引き渡したことを認めることができる。そして、右鉄板の内二、五〇〇枚が同月一三日、残二、五〇〇枚が同月一五日にそれぞれ鳥取駅に到達し、第一審被告日通は、これを山陰興業株式会社に引き渡したことは、第一審原告と第一審被告日通との間に争がない。第一審原告は、第一審被告日通が鳥取刑務所に右鉄板を引き渡すことなく、第一審原告の委託した趣旨に反し山陰興業株式会社に引き渡したことは、運送取扱契約の不履行であると主張するが、前掲丁第一、二号証、第三、四号証の各一、二公判調書であるので真正に成立したものと認める丙第四号証の二、原審証人福田萬蔵、山崎明、木下俊雄、堀田豊、原審及び当審証人平野増夫、当審証人人見若太の各証言を総合すると、第一審被告日通鳥取支店は、昭和二七年六月一三日前記鳥取刑務所作業課宛の亜鉛引鉄板二、五〇〇枚が鳥取駅に到着したので、電話で同作業課に引取方を求めたところ、山陰興業株式会社の貸物自動車で取りに行くとの連絡があり、翌一四日右会社の貸物自動車が引き取りに来たので、これに引き渡したこと、同月一五日同鉄板二、五〇〇枚が再び到着したので、同支店は、荷受人である同作業課に電話で連絡したところ、同課から、二、三日中に引き取りに行くから預つておいてくれとの返事であつたので、指示どおりにしていたが、翌一六日右会社の貨物自動車が引き取りに来たので、電話で同作業課に問い合せ、同課から引き渡してもよいとの返事を得た上右会社に引き渡したことを認めることができる。そうすると、第一審被告日通は、本件亜鉛引鉄板五、〇〇〇枚をその荷受人である鳥取刑務所の指図と承諾の下に山陰興業株式会社に引き渡したものであることが明かである。そして、本件運送取扱契約は、第一審被告日通が、第一審原告から右鉄板の引渡を受けて、運送人をして鳥取駅まで輸送させ、同被告鳥取支店が荷受人である鳥取刑務所に引渡の提供をすることを目的とするものであることが明かであるから、前記のように第一審被告日通が、鳥取刑務所の指示と承諾の下に山陰興業株式会社に右鉄板を引き渡した以上、右契約上の義務を完全に履行したものといわなければならない。従つて、第一審被告日通に債務不履行があることを前提とする同被告に対する本訴請求は、爾余の点につき判断するまでもなく失当であるから、棄却さるべきである。

第一審原告と第一審被告日通との関係につき、以上と同趣旨の原判決は相当であつて、第一審原告の本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、第一審原告と第一審被告国との関係で、前記認定と異り第一審原告の請求を認容した原判決は失当であつて、第一審被告国の本件控訴は理由があるから、原判決中同被告に関する部分を取り消し、第一審原告の同被告に対する請求を棄却すべきものとする。

第一審原告が、昭和三一年二月二三日同原告から第一審被告国に対する原判決の仮執行の宣言に基き、執行吏に委任して大阪中央郵便局において第一審被告国所有の現金一、八一一、二六三円を差し押え、即時右執行吏から引渡を受けたことは、第一審原告と第一審被告国との間に争がない。そして、右判決が取消を免れないことは前記のとおりであるから、第一審原告は、第一審被告国に対し、右金一、八一一、二六三円の返還及び右金員に対する執行の日の翌日である同月二四日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による損害金の支払をなす義務がある。そこで、第一審被告国の申立を正当として、第一審原告に右金員の支払を命ずることとする。

よつて、第一審原告と第一審被告日通の関係で、民訴法第三八四条第八九条を、第一審原告と第一審被告国との関係で、同法第三八六条第九六条第八九条第一九八条第二項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 坂速雄 岡野幸之助)

【参考】第一審判決

主文

被告日本通運株式会社を除くその余の被告等は原告に対し各自金百六十万二千三百円及びこれに対する昭和二十八年七月二十一日より完済まで年五分の金員を支払え。

被告日本通運株式会社に対する原告の請求を棄却する。

訴訟費用中、右被告会社との間に生じた部分は原告の負担としその余の訴訟費用は右被告会社を除くその余の被告等の負担とする。

この判決は右被告会社を除くその余の被告等に対し各金五十万円の担保を供するときは夫夫仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告等は各自原告に対し金百六十万二千三百円及びこれに対する昭和二十八年七月二十一日より完済まで年五分の金員を支払え、訴訟費用は被告等の負担とする」旨の判決並に仮執行の宣言を求めその請求の原因として、

一、原告は肩書地に本店を有し鉄鋼二次製品の販売を業とするものであるが、被告高坂は昭和二十七年五月下旬頃より原告と訴外樋口某の紹介により知るようになりその頃より亜鉛引鉄板(以下亜鉛板と称す)を原告より購入したき旨申入れていたがいまだ具体的に取きめるまでに至らなかつた。

その後数日して右亜鉛板は鳥取刑務所作業課(以下同刑務所と称す)において入用なることが判明した。

そこで原告は同年六月上旬頃原告方店員宍甘哲道を被告高坂に同伴して同刑務所へ赴かさせ同刑務所において右亜鉛板の入用なことを確認させた上、直接原告と取引したき希望を申入れた。しかるに、その際同刑務所作業課長たる被告人見はすでに被告高坂に発注していたので直接原告と取引することを承諾せずそのため右訴外宍甘はただ同刑務所が右高坂を通じて亜鉛板を発注していることの確認のみを得てその旨原告へ報告した。原告はその直後被告高坂の訪問を受け、同人より亜鉛板五千板の発注をうけているから原告より同物件を販売ありたい旨申入れをうけたので同刑務所へ発送するから右代金を直接原告へ送金するようその旨を認めた依頼状を同刑務所へ発する手続をとつてこれを承諾した。

そして同時にその代金を原告へ送金せしめる旨をも原告より電話を以て同刑務所へ連絡したところ被告人見はその方法がある旨のべた。

原告は次で同年六月十一日被告日本通運株式会社天王寺支店に対し右亜鉛板五千枚を同刑務所宛送付方を委託したところ同月十三日被告会社より現品を発送した旨の連絡があつたので原告は同日、同刑務所宛の出荷案内書と代金百六十三万五千円の請求書を同封して郵送した。

しかるに同年七月中旬頃原告は同刑務所の被告人見に対し電話にて代金送付方を督促したところ同人は同物件が入らないから分らないと言つたので原告では即時右物件到着の有無を調査したところ同刑務所では百枚は受領しているが残部は不明とのことを報告された。而してその不明の部分をさらに鳥取の被告会社支店につき調査したところ同店では右荷物到着するや同刑務所へ電話連絡したら、訴外山陰興業株式会社へ渡してもらいたい旨指示があつたので同会社へ渡したというのであり、そして右五千枚の中二千五百枚は同年六月十四日残部は同月十六日に何れも右訴外会社に預けられその中百枚がその頃同刑務所に納入せられていることがさらに判明した。

しかるにその後被告高坂によつて右残部は何れかえ持去られて処分せられてしまつた。

(1)  右の事実によれば被告高坂と被告人見が何れも鳥取刑務所の名を使用して同刑務所では真実百枚の亜鉛板のみが入用であるのに拘らずあたかも五千枚入用であるかのように原告に詐りその旨誤信させて右六月十四日、同月十六日の二回にわたり右四千九百枚を騙取したものであるから右両名は原告に対し共同不法行為上の賠償責任がある。

(2)  またかりに右理由が容れられないとしても被告会社から本件鉄板を受取つた被告人見はこれを領得する法律上の原因がないのであるからこれを送主である原告へ返還すべき義務があるのに拘らず、これが不法に他に処分せられ返還することができなくなつたのであるからこれによつて原告の蒙つた損害金を賠償すべき義務がある。

(3)  また仮りに被告人見が被告高坂と共謀の上原告から本件亜鉛板を騙取したとの理由がないとしても被告人見は本件亜鉛板を原告に返還すべき義務あることを認識しながら故意または過失によりこれを原告に返還することができないようにするに至らしめたことは原告に対する不法行為であつて同被告は不法行為による損害を賠償しなければならぬ、而して当時右亜鉛板の時価は一枚につき三百二十七円で四千九百枚では合計金百六十万二千三百円となるから右金員相当の損害を原告に蒙らしている。そこで右同額の損害賠償を被告人見に求める。

被告国はその被用者である被告人見が左記(1) 乃至(3) の何れかの理由によりその職務の執行に関して原告に加えた前記損害は民法第七百十五条により使用者としてこれを賠償する責任があるから被告国に対しては当時の右亜鉛板の時価に相当する合計金百六十万二千三百円の賠償を求める。

二、被告日本通運株式会社は原告の委託によりその趣旨に沿つて本件亜鉛板を同刑務所へ届ける義務があるに拘らず何れも右にのべたように同所へ引渡すことなく、原告の委託した趣旨に反して訴外会社へ引渡した。右は同会社が善良なる管理者の注意を怠つて原告への右物件の返還を不能に帰したものである。もし右委託の趣旨通り同刑務所へ引渡すか又は原告へ返還の処置を取つていたならばその所有権を喪失するはづはなかつたのである。

従つて右被告会社に対しては運送契約の不履行によつて生じた前記損害金の支払を求めるものである。

よつて各被告等に対して各自右賠償額金百六十万二千三百円と本件訴状送達日の後である同二十八年七月二十一日より完済まで年五分の損害金の支払を求めるものである」とのべ、

被告高坂及びその余の被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」旨の判決を求め、その答弁として、

一、被告高坂は「原告主張事実は全部認めるが目下手許不如意につき本訴請求に応ずることができない」と、のべ、

被告人見及び国指定代理人は「原告主張の請求原因事実中昭和二十七年六月上旬原告の店員宍甘が被告高坂と共に同刑務所を訪れ原告と本件亜鉛板の取引を直接したい旨申入れたがその主張のようにすでに被告高坂と同刑務所と取引契約ができているので拒絶したこと、及びその後原告よりその主張の日に同刑務所宛に出荷案内書と代金請求書とを同封送付して来たこと、及びその主張の日に二回にわたり右二千五百枚宛合計五千枚を送付して来たことは認めるがその他は不知、右出荷案内書と代金請求書送付前に原告より電話で代金は直接原告へ送金せよと申入れて来たこと、並にその主張のように被告人見が同刑務所でそのような方法がある旨のべたとの点は否認する。

而して原告は同刑務所へ本件代金を直接原告へ送金ありたい旨依頼し同刑務所においてこれを承諾した旨主張するが、同刑務所では原告と取引契約をしたものでないから代金を直接送金する旨を約するはづがない。その事情は次の通りである。すなわち、

同刑務所では同二十七年五月下旬被告高坂が同所へ来て亜鉛板の納入方を申入れて来たので時たまたま同年四月十七日頃の鳥取の大火災後で、バケツ、雨桶、米びつ等の需要が多かつたので被告人見は刑務所においてこれらの物を製造販売しようと考えて同高坂に対し口頭で亜鉛板百枚を注文したのにとどまる。その後、原告では店員宍甘哲道をつかわし、被告高坂と共に同刑務所に被告人見を訪れ右宍甘が人見に対し、価格数量をいづれもいわず唯被告高坂から亜鉛板の注文を受けているが、それを直接取引にして貰えないかとの申入があつた、これに対して人見は、すでに前述のように高坂との取引があるからできない旨申しのべた。

その後原告会社および被告高坂より何の通知もなかつたところ、原告主張のように原告会社から同年六月十三日突然、日本通運鳥取支店より同刑務所宛亜鉛板二千五百枚を引取れと申入れて来たので被告人見としては百枚のみの注文をなしたのに二千五百枚送付するのは不審であつたが、同日右支店より、大火災後で鳥取駅では貨物が輻輳し置場にこまる上に、混同、盗難のおそれがあるから、とにかく引取つて戴きたい旨喧しくいうのでかねて、同刑務所と取引関係の深い山陰興業株式会社に依頼し鳥取駅附近同会社倉庫に右亜鉛引鉄板、二千五百枚を保管してもらうことにした。ところが同月十五日又右支店から同様二千五百枚着荷の通知があつたので被告人見は驚き、翌十六日被告高坂の来訪をうけたとき、この分の引取を拒絶した。同高坂はこれを諒承して四千九百枚分の返還をうけた旨の領収書を差入れ引取つた。その後被告高坂において如何に処分したかは同人見においては全く知らない。」とのべ、

さらに被告国において原告の請求原因事実中(1) 乃至(3) の主張に対し「原告は被告国に対して右のように第一に被用者人見が本件鉄板な騙取したとの不法行為に対する使用者としての責任を第二に被用者人見が本件鉄板を占有し且つ原告に対してこれを返還すべき義務があるにかかわらずその返還が不能になつたことによる国の責任を第三に被用者人見が本件鉄板を故意又は過失により返還不能にしたとの不法行為に対する使用者の責任として国の責任を主張しているが人見が、本件鉄板を騙取したものでないことは以上の如きでありまた、人見のなした取引の相手方は終始高坂で本件鉄板の買受を拒否すると共に、その後本件物件の引取を要求したことは正当の行為である。従つて人見が本件鉄板を高坂に返還したためその後右高坂が同物件を他へ処分し、原告に代金を支払わなかつたことについて人見及び国において何等責任がないから、原告の請求は失当である。」とのべ、

二、被告会社訴訟代理人において「原告主張のように原告が同二十七年六月十一日被告日本通運株式会社天王寺支店に対し亜鉛板五千枚を同刑務所へ運送するよう委託し、被告会社においてこれを承諾引渡をうけたことは認める。

しかし、右亜鉛板の中、二千五百枚は同年六月十三日国鉄鳥取駅に到着したので鳥取刑務所作業課へ連絡したところ駅ホームへおろして戴きたいとの回答があり、さらに訴外、山陰興業株式会社へ引渡すよう指示があつたので同社へ引渡した。

次で同月十五日残り二千五百枚も同駅へ到着したので同支店では前回同様同刑務所へ連絡したところ同課々員山崎明は、被告人見に指示を仰いだ上(人見は一両日中に引取るから駅へおろして戴きたいとの回答をした)同駅ホームへおろしておいた。そして同月十六日前回同様、右山陰興業会社が引取りに来たので同刑務所の指示を仰いだ上右会社トラツクにより運ばせた。右のように指図通り引渡を完了しているのであるから、被告会社は運送契約上不履行はない。従つて原告の本訴請求は失当である。」と、のべ

立証〈省略〉

理由

一、被告高坂登は原告主張事実は全部認めるが目下手許不如意につき本訴請求に応ずることができないと答弁するが右手許不如意の如きことは法律上本訴請求を免れまたは猶予をうける正当な事由とならないから右抗弁は採用できない。

被告人見および被告国、は原告主張の請求原因たる事実中原告主張のごとく昭和二十七年六月上旬頃原告店員および被告高坂の両名が鳥取刑務所作業課を訪れ同作業課長被告人見に会見をしたこと並に同年六月十三日原告より同刑務所へ出荷案内書及び代金請求書を送付したことは認める。しかしながら原告は被告人見が同高坂と共謀の上原告との間にその主張のような亜鉛引鉄板五千枚の中四千九百枚につき売買契約を装い同物件を騙取したと主張するので先づこの点につき審按するに成立に争ない甲第三号証の一、二丙第一号証、丁第三、四号証の各一、二並びに証人山本実、同宍甘哲道の各証言及び被告高坂登同人見若太の尋問の結果を綜合すれば昭和二十七年五月頃被告高坂は樋口某の紹介で原告を知るようになり当初は亜鉛引鉄板二万五千枚を鳥坂刑務所から発注があるから同品を原告より販売ありたき旨申入れたが、原告側より同刑務所への電話による確認が十分とれなかつたため右申入れは中止となつていたところ、その後五月二十二、三日頃被告高坂より原告に対し亜鉛板五千枚鳥取刑務所よりの発注があるから右品を販売して戴きたい旨の申入があつた。そこで原告では右発注の事実を確かめ且、できれば同刑務所と直接取引希望の申入を兼ねて同年六月上旬同会社店員宍甘哲道を赴かせたこと、右宍甘と被告高坂はその頃鳥取刑務所作業課を訪れ同作業課長たる被告人見若太に会つた上、種々亜鉛板の発注の件について話合い右亜鉛板を直接原告と取引したい旨申入れたところ右人見はすでに被告高坂と取引し同人より購入の契約をしているので右申入れは拒絶し、そしてそのとき亜鉛板の数量については何等の話がでず、同刑務所において右物件入用の旨の話が出たにとゞまつたこと、そして高坂は同刑務所では百枚分のみの発注をしていたがあたかも同所が五千枚分を発注しているようにみせかけていたこと、しかるにその後右宍甘が原告方へ帰つて後直接同刑務所と取引はできぬが、高坂を通じて同刑務所が購入することが確実となつたので原告はその代金計百六十三万五千円を右刑務所より直接原告取引銀行へ振込むよう依頼書を高坂に作成させ同人の印を押させて、右物件の送付前である同年六月五、六日頃、同刑務所へ速達普通郵便で発送したことをそれぞれ認めることができる。右認定を左右する証拠はない。

そこで成立に争ない丁第一、二号証同第五乃至七号証、同第八号証の一乃至四、及び前顕丙第一号証と、丁第三、四号証の各一、二並に証人福田万蔵、同山崎明、同堀田豊、同木下俊雄、同平野増夫、同田中義治の各証言と被告高坂登、同人見若太の尋問の結果とを綜合すれば、原告は同刑務所が亜鉛板五千枚を被告高坂の手を経て購入するものと信じ同年六月十一日、同月十三日の二回にわたりそれぞれ二千五百枚宛計五千枚を大阪市天王寺駅を経て鳥取刑務所作業課宛発送し右はいづれも六月十三日と十五日にそれぞれ被告日本通運鳥取支店へ着荷したこと、そこで被告会社鳥取支店では直ちに到着係である木下俊雄が同刑務所作業課へ電話で着荷の連絡をし同月十四日右電話の通知受理した同刑務所では同所職員福田万蔵が作業課長である被告人見に連絡をしたところ、同人の指図により山陰興業会社へ運ぶよう返答したこと、また同月十五日は丁度日曜日で刑務所作業課に居合せた同所職員山崎明が右被告鳥取支店より、貨車一車の亜鉛板着荷の通知をうけたので直ちに右人見へ電話で指示を懇うた上その指示通り「二、三日中に引取るからそれまで被告会社同支店で預つていただきたい」旨、同店へ返答したこと、その後何れも訴外山陰興業会社へ同品を同会社のトラツク自動車を使用して運んだこと及び被告高坂は右物件を訴外王某により債務の引当として差押えられ、或は一部分を売却したことをそれぞれ認めることができる。

而して前記認定の如く原告はあたかも同刑務所が亜鉛板五千枚を発注しているものと誤信し、その発送前に右五千枚の代金を原告方へ送金するよう右刑務所へ依頼している事実によれば被告人見は右着荷前に多数量の亜鉛板が同所宛送付されることを予知していたものと推認しうるところこれと、前段認定の如くその後多数の亜鉛板を右山陰興業会社へ預入れしめていること、且、前顕各丙、丁号証によれば一旦到着原簿(丁第四号証の一、二)に人見において自己名義の受領印を捺していることまた被告人見の証言によれば、右物件処分後わざわざ原告会社へ訪れたりまた同会社の社員と共に高坂の自宅を訪ねその処分代金の支払の猶予方につき尽力している事実を認められることよりして、被告高坂の右不法行為に協力した事実を推認しうるに充分である。右認定に反する被告高坂登、同人見若太の証言は措信できず他に右認定を左右する証拠はない。

三、右事実によれば被告人見において原告に対し高坂の本件物件四千九百枚の、騙取を容易にならしめるため協力したものと認めることができるから、原告が五千枚分の中四千九百枚(百枚については正当に鳥取刑務所において受領した)の返還不能により生じた同物件の相当価格を賠償すべき義務がある。

そして成立に争ない丙第一号証と証人山本実の証言によれば被告高坂において処分し返還を不能にならしめた昭和二十七年六月中旬頃の時価は一枚につき三百二十七円であつたことを認めることができるから右四千九百枚につき相当価格は合計金百六十万二千三百円である。従つて被告人見は右金額を原告に対し支払うべき義務がある。

四、被告国は鳥取刑務所作業課々長として被告人見を使用し、同人が同所の物品の購入につき直接衝に当りうる権限を有していることは明らかに争わないところであり且、人見が前段右認定の如く亜鉛板百枚の購入並にその引取りに際し被告高坂の騙取、行為に種々関与して容易ならしめたことは当該官吏がその職務を執行するに当り第三者に損害を加えたることに該当するから該損害については被告国においてその賠償責任が存するものといはねばならない。

五、被告日本通運に対する原告の請求について按ずるにおよそ運送契約は荷送人が物品を運送人に運送を委託し運送人においてこれを引受けるところの請負契約であつて、その方法が第三者へ運送をなすことを契約の内容とするときは第三者へ物品の引渡をなすか言語上到着の旨を告知し、引渡の提供をなすべきところ、本件においては前段認定の通り被告会社としては原告より亜鉛板五千枚(内百枚は同刑務所において受領済)その委託通り鳥取被告会社支店へ送付し且、同支店において二回にわたりそれぞれ同刑務所へ着荷の通知をなしその指示通り山陰興業会社へ同物件を引渡したものであつて運送契約上の義務は履行しているものと認められるから右会社に対する原告の請求は失当である。

よつて原告に対し被告会社を除く爾余の被告等三名は各自金百六十万二千三円とこれに対する本訴状送達の日の後である昭和二十八年七月二十一日(本件訴状送達日は、被告会社に対しては昭和二十八年七月二十日、爾余の被告等に対しては同月十八日であることは本件記録に徴し明らかである。)より年五分の損害金の支払を求める部分はこれを相当として認容し被告会社に対する原告の本訴請求を失当としてこれを棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条第九十二条を適用し被告会社に関して生じた部分は原告の負担としてその余の費用につき他の三名の被告等に負担させることとし、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 乾久治 松本祐三 入江博子)

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